少年の秋
佐藤春夫
歌謡と唱歌
NHKの人が來て相なるべくは口語で歌謡を一つ書け、 歌ふ時間の關係で、五行二聯の長さが適當だといふ。
十月中ごろに歌ふ豫定で、テーマはわが舊作「少年の日」のやうなものが好もしいと聞いたで、それではと「少年の日」のなかの秋の一聯
君が瞳はつぶらにて
君が心は知りがたし
君をはなれてただひとり
月夜の海に石を投ぐ
といふものを歌謡體に歌ひ直してみることにして「少年 の秋」という題を設けた。「少年の日」のなかの四行に歌謡らしい水を增してみるのである。詩情はおのづと淡くならうが、わかりよく一般に親しまれる趣をと心がけて初恋の歌といふやうなものを試みたものである。
歌謡には何よりも歌ひ出しの一句が大切と聞き及んでゐるが、こんなことではどうであらうか。
わがふるさとの南国も
祭すぎての夕風は
肌ここちよい初袷(はつあわせ)
君が窓の灯なつかしく
口笛吹いて行きかへり
眼はきよらかに色白の
をさななじみは丈(たけ)のびて
御船祭(みふねまつり)の行きずりに
もの云ひかけたおもかげを
慕はしとする少年の
君とその兄さそひ来て
王子ガ浜に月を見る
心たのしいひと時も
湧くもどかしさ紛らすと
月夜の海に石投げて
これで詩と歌謡との說明しがたい微妙な區別がわかつてもらへたらうれしい。
「少年の秋」を作つた後、偶然にもさる教科書屋さんが来て、中學校の唱歌の教科書のために歌詞を一つと賴まれた。題は随意でよいが第二學期の中ごろぐらゐに入れたいといふから「秋晴」といふ題を自分で選んだ——
秋は晴れたり日曜の
一日(ひとひ)は何に楽しまん
山に落葉をかきわけて
栗や拾はん校庭に
雲にも入らん球打つか
はた尾花散る丘に立ち
友と日ねもす歌はんか。
底本:『定本 佐藤春夫全集』 第2巻、臨川書店
初出:未詳、『詩の本』のための書き下ろしか
1960年(昭和35年)6月15日、普及版が有信堂より刊行され、
同年6月25日に著者朗読のレコード付きの限定版が刊行された『詩の本』に収録
(入力 てつ@み熊野ねっと)
2015.9.2 UP