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船橋

『謡曲三百五十番』No.144

※熊野の山伏たちが平泉に行く途中、上野の国、佐野で橋建立の勧進をしている男女に会う。「佐野船橋」という田楽能の作品を世阿弥が改作したもの。


季節:三月
ワキ:山伏
ワキツレ二人:同行山伏
シテ:男の霊
ツレ:女の霊

 

。ワキ次第「山又山の行く末や/\雲路のしるべなるならん。

ワキ詞「これは三熊野より出でたる客僧にて候。我未だ松島平泉を見ず候ふ程に。此春思ひ立ち松島平泉へと急ぎ候。

道行三人「幾瀬渡りの野洲の川。/\。かの七夕の契待つ。年に一夜はあだ夢の。

醒が井の宿を過ぎ、膽吹おろしの音にのみ。月の霞むや美濃尾張。老を知れとの。心かな老を知れとの心かな。

ワキ詞「急ぎ候ふ間。これは早上野の国佐野と申す所に着きて候。此處にて宿を借らばやと存じ候。

シテ二人ツレ一声「法に依る。道ぞと作る船橋は。後の世かくる。たのみかな。

シテサシ「往事渺茫として何事も。身残す夢の浮橋に。

二人「なほ数添へて船ぎほふ堀江の川の水際に。寄るべ定めぬあだ波の。浮世に帰る六つの道。遁れかねたる。心かな。

。下歌「恋しきものを古の跡はる%\と思ひやる。

上歌「前の世の。報のまゝに生れ来て。/\。心にかけばとても身の。生死の海を渡るべき。船橋を作らばや。二河。の流はありながら科は十の道多し誠の橋を渡さばや誠の橋を渡さばや。

シテ詞「いかに客僧。橋の勧に入りて御とほり候へ。

ワキ詞「見申せば俗体の身として。橋興立の志。返す%\もやさしうこそ候へ。

シテ「これは仰とも覚えぬものかな。かならず出家にあらねばとて。志のあるまじきにても候はず。まづ勧に入りて御通り候へ。

ワキ「勧には参り候ふべし。さて此橋はいつの御字より渡されたる橋にて候ふぞ。

シテ「萬葉集の歌に。東路の佐野の船橋取りはなしと。よめる歌の心をば知し召し候はずや。

ツレ「いやさように申せば恥かしや。身の古も浅間山。

シテ詞「漕がれ沈みし此河の。

二人「さのみは申さじさなきだに。苦おほき三瀬川に。浮ぶ便の船橋を。渡してたばせ給へとよ。

ワキ詞「げに/\親しさくればの物語。さては〓りにし船橋の。主を助けん其ためか。

シテ詞「殊更これは山伏の。橋をば渡し給ふべし。

ワキ「そも山伏の身なればとて。取り分け橋を渡すべきか。

シテ詞「さのみな争ひ給ひそよと。役の優婆塞葛城や。祈りし久米路の橋は如何に。

ツレ「たとふべき身にあらねども。我も女の葛城の神。

シテ詞「一言葉にて止むまじや、唯幾度も岩橋の。ツレ「など御心にかけ給はぬ。

二人「さりながらよそにて聞くも葛城や。夜造るなる岩橋ならば。渡らん事もかたかるべし。

地下歌「これは長き春の日の。長閑けき船橋に。さして柱も入るまじや。徒らに朽ち果てんを造りたまへ山伏。

上歌「處はおなじ名の。/\。佐野の渡の夕暮に。袖打ち拂ひて御通あるかの篠懸の。頃も春なり河風の。花吹き渡せ船橋の。法に往来の道作り給へ山伏。峯々廻り給ふとも。渡を通らでは。いづくへ行かせ給ふべき。

ワキ詞「さて/\萬葉集の歌に。東路の佐野の船橋取り放し。又鳥は無しと二流によまれたるは。何と申したる謂にて候ふぞ。

シテ詞「さん候それについて物語の候。語つて聞かせ申し候ふべし。

語「昔此所に住みける者。忍妻にあこがれ。處は川を隔てたれば。此船橋を道として夜な夜な通ひけるに。二親此事を深厭ひ。橋の板を取り放す。それをば夢にも知らずして。かけて頼みし橋の上より。かつぱと落ちて空しくなる。妄執と云ひ因果と云ひ其まゝ三途に沈みはてゝ。紅蓮大紅蓮の氷に閉ぢられて。

地「浮ぶ世もなき苦の。海こそ有らめ川橋や磐石に押され苦を受くる。

クセ「さらば沈みも果てずして。魂は身を責むる。心の鬼となりかはり。なほ恋草の言茂く。

邪婬の思に焦がれ行く船橋も古き物語。誠は身の上なり我が跡弔ひてたび給へ。

シテ「夕日漸く傾きて。

地「霞の空もかきくらし。雲となり雨となる。中有の道も近づくか。橋と見えしも中絶えぬ。こゝは正しく東路の。佐野の船橋とりはなし。鐘こそ響け夕暮の空も別に。なりにけり空も別になりにけり。

中入間ワキ二人、ワキツレ歌待謡「ふりにし跡を改めて。/\。三寶加持の行に五道の罪も消えぬべき。法の力ぞ。有難き法の力ぞありがたき。

ツレ出端「いかに行者有難や。徒らに三途に沈みし身なれども。法の力か船橋の。浮ぶ身となる有難さよ。

後シテ「如何に行者我はなほし。此妄執の故により。浮びかねたる橋柱の。重き苦患者を見せ申さん。泣く涙。雨と降らなん渡り川。水〓りなば帰り来るかに。

地「かへれやかれれあだ波の。シテ「柱を戴く磐石の苦患。

地「これこれ見給へ浅ましや。

シテ「見我身者発菩提の。功力を受けて謂ふならく。奈落の底の。水屑となりしを。知我心者。

即身成仏。有難や。

ワキ「痛はしやいまだ邪婬の業深き。其執心を振り捨てゝ。なほ/\音を懺悔し給へ。

ツレ「何事も懺悔に罪の雲消えて。真如の月も出でつべし。

シテ「五障の霞の晴れがたき。春の夜の一時。胡蝶の夢の戯に。いで/\姿を見え申さん。

ツレ「よしや吉野の山ならねど。これも妹背の中川の。

シテ詞「橋のとだえの有りけるとは。いさ白波の夜ごとに。

ツレ「通ひ馴れたる浮船の。シテ「共にこがるゝ思妻。

立廻「宵々に。通ひ馴れたる。船橋の。さえ渡る夜の。月も半ばに更け静まりて。

地「人も子に臥し丑三つ寒き。川風も厭はじ逢瀬の向の。岸に見えたる。人影はそれか。心うれしや。頼もしや。

上歌「互にそれぞと見みえし中の。/\。橋を隔てゝ立ち来る波の。より羽の橋か。鵲の。行き合ひの間近くなり行くまゝに。放せる板間を。踏みはづし。かつぱと落ちて沈みけり。

シテ「東路の。佐野の船橋。とりはなし。親し。さくれば。妹に逢はぬかも。

キリシテ「執心の鬼となつて。地「執心の鬼となつて。共に三途の川橋の。橋柱に立てられて。悪龍の、気色に変り。程なく生死娑婆の妄執。邪婬の悪鬼となつて。我と身を責め苦患に沈むを行者の法味。功力により真如法身の。玉橋の真如法身の玉橋の浮。める身とぞなりにける浮める身とぞなりにける

底本:日本名著全集『謠曲三百五十番集』

** JALLC TANOMOSHI project No.1 ** ** 謡曲三百五十番集入力 **より
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