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土蜘蛛

『謡曲三百五十番』No.234

※病気で臥せる源頼光(みなもとのらいこう)のもとへ見知らぬ法師が現れた。その法師の正体は蜘蛛の化け物で、頼光を襲った。頼光は源氏に代々伝わる名刀、膝丸(ひざまる)を手に取り、斬りつけると、法師はたちまち姿を消した。頼光は膝丸を「蜘蛛切(くもきり)」に改め、侍臣独武者(ひとりむしゃ)に蜘蛛の化け物を成敗するよう命じた。作者不詳。

ここに熊野は登場しないが、名刀「膝丸」はその後、中世の物語『剣の巻』によると、熊野権現に奉納される。剣の巻によると、「膝丸」は源満仲が作らせた。源頼光の時に「蜘蛛切」と名を改め、源為義の時に「吼丸」と改めた。その後、為義の娘(丹鶴姫)の婿である熊野別当教真(行範のことか)に引出物として譲られたが、教真は「源氏重代の刀を自分が持つべきではない」と、熊野権現に奉納した。後に熊野別当湛増から源義経に吠丸が贈られ、それを喜んだ義経は「薄緑」と名を改めた。その名は熊野の春の山に由来する。


季節:七月

トモ:頼光 従者
ツレ:胡蝶
ツレ:頼光
ワキ:独武者

<底本:日本名著全集『謠曲三百五十番集』>>

 

胡蝶次第「浮き立つ雲の行くへをや。/\。風のこゝちを尋ねん。

サシ「これは頼光の御内に仕へ申す。胡蝶と申す女にて候。

詞「さても頼光例ならず悩ませ給ふにより。典薬の頭より御薬を持ち。唯今頼光の御所へ参り候。いかに誰か御入り候。

従者詞「誰にて御座候ふぞ。

胡蝶詞「典薬の頭より御薬を持ちて。胡蝶が参りたるよし御申し候へ。

従者詞「心得申し候。御機嫌を以つて申し上げうずるにて候。

頼光サシ「こゝに消えかしこに結ぶ水の泡の。浮世に廻る身にこそありけれ。げにや人知れぬ。心は重き小夜衣の。恨みん方もなき袖を。かたしきわぶる思かな。

従者詞「いかに申し上げ候。典薬。の頭より御薬を持ちて胡蝶の参られて候。

頼光詞「此方へ来れと申し候へ。

従者詞「畏つて候。此方に御参り候へ。

ツレ詞「いかに申し上げ候。典薬の頭より御薬を持ちて参りて候。御心地は何と御入り候ふぞ。

頼光詞「昨日よりも心地も弱り身も苦みて。今は期を待つばかりなり。

ツレ「いや/\それは苦しからず。病うは苦しき習ながら。療治によりて癒る事の。例は多き世の中に。

頼光「思ひも捨てず様々に。

地「色を尽して夜昼の。/\。境も知らぬ有様の。時の移るをも。覚えぬほどの心かな。。げにや心を転ぜずそのまゝに思ひ沈む身の。胸を苦しむる心となるぞ悲しき。

僧(土蜘蛛)一声「月清き。夜半とも見えず雲霧の。かゝれば曇る。心かな。

詞「いかに頼光。御心ちは何と御座候ふぞ。

頼光「不思議やな誰とも知らぬ僧形の。深更に及んでわれを訪ふ。その名はいかにおぼつかな。

僧詞「愚の仰候ふや。悩み給ふも我がせこが。来べき宵なりさゝがにの。

頼光「くもの振舞かねてより。知らぬといふに猶近づく。姿は蜘蛛の如くなるが。

僧詞「かくるや千条の糸条に。

頼光「五体をつゞめ。

僧「身を苦しむる。

地上歌「化生と見るよりも。/\。枕にありし膝丸を。抜き開きちやうと切れば。そむくる所をつゞけざまに。足もためず。薙ぎ伏せつゝ。得たりやおうとのゝしる声に。形は消えて失せにけり。/\。僧中入?早鼓?。。

? ?<早鼓>

独武者詞「御声の高く聞え候ふ程に馳せ参じて候。何と申したる御事にて候ふぞ。

頼光詞「いしくも早く来たる者かな。近う来り候へ語つて聞かせ候ふべし。

物語「偖も夜半ばかりの頃。誰とも知らぬ僧形の来。り我が心ちを問ふ。何者なるぞと尋ねしに。我。がせこが来べき。宵なりさゝがにの。蜘蛛の振舞。かねてしるしも。といふ古歌を連ね。即ち七尺ば。かりの蜘蛛となつて。我に千条の糸を繰りかけしを。枕にありし膝丸にて切り伏せつるが。化生の者とてかき消すやうに失せしなり。これと申すもひとへに剣の威徳と思へば。今日より膝丸を蜘蛛切と名づくべし。なんぼう奇特なる事にてはなきか。

独武者詞「言語道断。今に始めぬ君の御威光剣の威徳。かた%\以つてめでたき御事にて候。また御太刀つけのあとを見候へば。けしからず血の流れて候。此血をたんだへ。化生の者を退治仕らうずるにて候。

頼光?詞?「急いで参り候へ。

独武者「畏つて候。

早鼓中入。

独武者立衆一声「土も木も。我が大君の国なれば。いづくか鬼の。やどりなる。

独武者「其時独武者進み出で。彼の塚に向ひ大音あげていふやう。これは音にも聞きつらん。頼光の御内に其名を得たる独武者。いかなる天魔鬼神なりとも。命魂を断たん此塚を。

地「崩せや崩せ人々と。呼ばはり叫ぶ其声に。力を得たる。ばかりなり。

地ノル「下知に従ふ武士の。/\。塚を崩し石をかへせば。塚の内より火焔を放ち。水を出すといへども。大勢崩すや古塚の。怪しき岩間の陰よりも。鬼神の形は。顕れたり。

後シテ「汝知らずやわれ昔。葛城山に年を経し。土蜘蛛の精魂なり。猶君が代に障をなさんと。頼光に近づき奉れば。却つて命を断たんとや。

独武者「其時独武者進み出で。

ワキ地「其時独武者進み出でて。汝王地に住みながら。君を悩ます其天罰の。剣にあたつて。悩むのみかは。命魂を断たんと。手に手を取り組みかゝりければ。蜘蛛の精霊千条の糸を繰りためて。投げかけ/\白糸の。手足に纏り五体をつゞめて。仆れ臥してぞ見えたりける。

舞働「。

独武者「然りとはいへども。

地「然りとはいへども神国王地の恵を頼み。かの土蜘蛛を中に取りこめ大勢乱れ。かゝりければ。剣の光に。少し恐るゝ気色を便に切り伏せ/\土蜘蛛の。首うち落し喜び勇み。都へとてこそ。帰りけれ

 

** JALLC TANOMOSHI project No.1 ** ** 謡曲三百五十番集入力 **より
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2019.9.16 UP

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