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天狗の鼻

那須晴次『伝説の熊野』

中芳養

 流れもささやかな芳養川を上ること約半里にして左へ折れて崖の如き山の急な細路を爪先登りに登ればまた半里ばかりにして山頂に達する。山頂は全部秀げてみて円い小さな美しい石で敷きつめている。

 そしてその所々にあるいは山門に座っている獅子の如くあるいは砂漠の中のスヒンクスの如き形状種々な大石が頭角を表わしてみる。そのまた所々に盆栽さながらの枝ぶりのよい美しい小松が青々と日光に輝り映えている。目を下方に転ずれば千尋の谷である。何しろ高い所であるから南部や田漫の町が一眸の下に集まり、瀬戸崎より切目崎の方へ太平洋を遥かに見渡される。弓形を書した水平線に消え行く煙の跡、付近の湾内を疾走する漁船、入江を取り巻く松の緑より立ち上る自い煙ーー遥か彼方煙とまごうあたり、熊野三千六百峯、肩を並べて蜓蜿龍蛇の如く走る。まことにこれ自然の一大公園である。そしてこの高所の最も広い所の中央の高地に巨大な犬の如き岩石が突兀として座っている。比の岩が即ち天狗の鼻と称する有名な岩である。

 話は昔のことである。この天狗の鼻と名づけられた大岩に天狗が棲んでいた。比の天狗さんなかなか痛快、毎日の如く熊野の天空を飛行機のように翔巡って、時々人をさらって行く。そしてもしもそれが善良な人であったならば大きな羽に乗せて方々へ見物に連れて行って呉れる。そして十日 ばかりも経てばまたもとの所へ帰って来る。そして色々とお土産を持たせて帰らす。

 天狗さんと旅行して来た人の話はばかに面白い。まるで夢のような話であるが、今からでもすぐ羽にのって大阪へ日帰りにゆく。大阪の三越は大きいですねえと言ったような調子で平気で遊び話しをする。しかしもし凌われた人が悪人であったならばそれこそ大変かの天狗の鼻の上から松の木の 高い枝にもってゆかれて、そこで八つ裂にされて谷底目がけて打込まれるのであった。ほんとに見付かったが最後身体は地下深く永久に姿を消すのであった。

 ここにまた面白いおじいさんがあつた。かの山麓に小さな庵を構え毎日銃をひっ提げては山へ狩に行くのが常であった。しかも身の丈抜群、偉大な体格そして眼光鋭く何事をやっても奇才がある。今はかく老衰した身とはいえ、どこかに武士の面影がれっきとして犯しがたいところがある。彼こそ桶狭間における今川の勇士山本源次郎定時であった。

 千軍万馬の間を駆け巡ったかの定時も武運拙なく途に流れ流れてここ南紀州の山麓に身を隠し冬は山へ夏は海へとその折々の漁猟に安楽な日を過していたのであった。ある冬の日であった彼は銃を肩にこの天狗の鼻付近をさまよっていた。

 身を切る寒風も多年鍛えた彼の身体には何の苦痛もなかった。彼も文武に勝れた好漢、あの天狗の鼻に腰を下した彼はここから俯瞰した南海の雄大な自然にしばし恍惚となった。やがて彼は腕を組んで何か感概に耽っていた様子だった。彼の胸に浮ぶものそれは過ぎし何十星霜の昔干戈を交えた桶狭間の戦が走馬燈のように頭に回転するのであった。そして思い出から思い出へ追想から追想へと沈む時だった。俄かに付近の樹木を揺がす異常の音と同時に山颪が颯と吹き下すと見る瞬間彼の姿は地上遥か彼方の空に姿を消して行くのであった。

 数日たった後だった、村の者どもかのおじいさんの姿の見えないことに気がついた。あああのお となしいおじいさんは何処へ行ったのだろう、もしや狼の餌にでもなったのではなかろうか、村人は彼の突然居なくなったことに不思議の瞳をる見張るのであった。この噂が人から人へと伝えられると村人から平生したわれて懐しみの深かった彼のこととて人々は二日も三日も山や林を捜索した。しかし十日たっても二十日たってもおじいさんの姿は見えなかった。

 かくて去るものは日々に疎しの如く月日の立つにつれておじいさんのことはだんだん村人から忘れられようとしたある日、それはあれから三ヶ月もたっての三月三日の御節句の日であった。村人が三々五々毎年のようにいろいろ珍品を趣向したお弁当を用意してかの天狗の鼻で飲めや歌えと遊んでいた時だった。そよそよと今まで彼等の頼べたをなでていた春風がさっと急に強くなって来たかと思うと一種異様な音がして一陣の風がサッと行き過ぎた。村の人々の驚きは一通りではなかった。すると不思議や村人の前に、そこには例のおじいさんが倒れていたのであった。

 皆は夢かとばかり喜び喜んで酒や水やと浴びせかけた。やっと我に返ったおじいさん。平気の平 ざで今まで身を隠したわけを語りつつそばの袋より取り出したのは黄金の茶釜であった。折しも山を照す春の日光を受けて釜はまばゆく山吹色に晃々と輝いていた。それがお爺さんの天狗からの土産であったのだ。かのおじいさんそれからというものは天狗さんのお気に入りとあって以後おじいさんがこの岩の付近に来れば必ず天狗が迎いに来たと云う。これより村人はこの岩を天狗の鼻と称するようになった。

 

(入力 てつ@み熊野ねっと

2019.7.14 UP



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