望郷新春曲
佐藤春夫
紀の南牟撃の郡は
黒潮のただよふ渚
貝がらに光かがよひ
冬知らぬ浦の水仙
初春の風にかをりて
むらさきに海ぞ煙れる
海近き丘の木立に
花椿咲きのさかりを
繡眼兒(めじろ)なく枝うつりして
いたづらに名を追ひ疲れ
さすらひに老いにけるかな
風さむき都の空に
ふるさとの初春恋し
若き日の夢のかけらか
熊野路の花や貝がら
底本:『定本 佐藤春夫全集』 第2巻、臨川書店
1960年(昭和35年)6月15日、普及版が有信堂より刊行され、
同年6月25日に著者朗読のレコード付きの限定版が刊行された『詩の本』に収録
1961年(昭和36年)4月1日発行の『群像』(第一六巻第四号)に
掲載された「望郷の賦」(全集15巻収録)に引用
(入力 てつ@み熊野ねっと)
2015.9.2 UP