浦の水仙
佐藤春夫
紀の南粉白(このしろ)の浦
松原の沙(すな)あたたかに
自(おのづか)ら生ひて茂れる
一簇(むら)の水仙あはれ
白沙(しらすな)に根は露はれて
生ひ亂れか細く低き
濃綠(こみどり )の葉こそ侘びたれ
なかなかに花ぞ豊(ゆた)けき
銀(しろがね)に黄金(こがね)ちりばめ
浦風に光り ゆらめき
いち早く咲き出でにけり
十二月 末の幾日(いくひ)か
初花(はつはな)の香(か)に匂ふとも
白玉(しらたま)は人に知らえず
心なき蜑の子のほか
汝(な)をめづる誰かあるべき
山かげに椿はあれど
父の園(その)梅はあれども
汝(な)を探りて我は喜ぶ
むくつけき指なとがめそ
初春(はつはる)のわが床の間に
辰砂(しんさ)もて描ける虎の
おもしろき李朝の瓶の
一花(ひとはな)は客人(まらうど)賞(め)でよ
底本:『定本 佐藤春夫全集』 第2巻、臨川書店
初出:1952年(昭和27年)1月1日発行の『群像』(第七巻第一号)に掲載
(入力 てつ@み熊野ねっと)
2015.9.2 UP